4月、新年度がスタートしました。新入社員の受け入れや部署異動など、人事労務担当者の皆様にとっては一年で最も多忙な時期です。この時期、私たち社労士のもとに最も多く寄せられるご相談が、「入社時の健康診断」と「定期健康診断」の取り扱いについてです。
「時期が近いからまとめて受診させてもいい?」
「前職の診断書があれば代用できる?」
「費用は誰が負担するの?」
一見シンプルに思える健康診断ですが、実は労働安全衛生法に基づく厳格なルールがあり、誤った運用は労働基準監督署からの是正勧告や安全配慮義務違反による損害賠償リスクにつながることもあります。本記事では、社労士の視点から実務上の注意点を、事例を交えながらわかりやすく解説します。
| 目次 1.なぜ「雇入時健診」と「定期健診」を分ける必要があるのか? 2.雇入時健康診断の「実施時期」と「前職の診断書で代用できるケース」 3.【実務上の落とし穴】前職の診断書を受け取る際に必ずチェックすべき3項目 4.経営者・人事担当者が必ず押さえるべき「費用・時間・省略」の実務ルール 5.健康診断は「企業を守る最大の防御策」──安全配慮義務との関係 6.【社労士からの重要アドバイス】健康診断は「受診させて終わり」ではない 7.おわりに |
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総務担当者
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社労士
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それぞれの健診が持つ「目的」の違い
多くの企業が見落としているのが、2つの健診の法的な目的の違いです。この違いにより、雇入時健診を省略して定期健診まで先延ばしにすることは違法となります。
雇入時健康診断(労働安全衛生規則第43条)
定期健康診断(同規則第44条)
▶実施のタイミング──いつまでに受診させるべきか?
法令では「雇い入れるとき」とされており、厳密な日数の定めはありません。しかし、「配属先の検討材料にする」という目的に照らせば、雇入れの直前または直後、遅くとも1週間以内を目安に実施するのが適切です。
▶前職の健診結果を「代用」できる2つの条件
入社時に「前の会社で受けた健診結果があります」と提出されることがあります。これについては、以下の条件をすべて満たせば「雇入時健康診断」として認められます。
✅ 受診日から3ヶ月以内であること
✅ 法定11項目をすべて網羅していること
ただし、この「代用ルール」には大きな落とし穴があります。次章で詳しく解説します。
中途採用者が持参した診断書を「雇入時健診」の代わりにする場合、人事担当者は以下の3点を必ず確認してください。
1.「聴力検査」の測定方法
定期健康診断では、45歳未満(35歳を除く)の場合、医師の判断で「会話法(オージオメータを使わない簡易検査)」が認められることがあります。しかし、雇入時健診ではオージオメータを用いた「1000Hz・4000Hz」の選別聴力検査が必須です。
👆漏れているケースが非常に多いため、必ずチェックしましょう。
2.「胸部エックス線検査」の有無
定期健診では年齢や既往歴により省略できる場合がありますが、雇入時健診では年齢に関わらず全員必須です。
3.不足項目がある場合の対応
もし提出された診断書に不足があったとしても、すべてをやり直す必要はありません。以下を満たすことにより、法的義務を果たしたことになります。
✅ 不足している項目(例:心電図のみ、聴力検査のみ)を追加受診してもらう
✅ 元の診断書とセットで保管する
経営者・人事担当者が必ず押さえるべき健康診断にかかる実務ルールをQ&A形式にまとめました。
Q1.健康診断の費用は誰が負担する?
A. 原則として会社負担です。
雇入時健診も定期健診も、会社が実施義務を負うため、費用は会社が負担するのが原則です。従業員に負担させた場合、トラブルの原因となります。
Q2. 受診中の時間は「労働時間」? 賃金は払うべき?
A. 法律上の義務ではありませんが、有給扱いが望ましいです。
一般健診については法律上「有給(賃金を支払う)」とまでは義務付けられていませんが、厚生労働省の通達では「受診に要した時間の賃金を支払うことが望ましい」とされています。円滑な受診促進と従業員の安心のため、実務上は受診時間も賃金を支払う企業が多数派です。
Q3. 4月に雇入時健診を受けた人は、6月の定期健診も必要?
A. 不要です(法的に省略可能)。
労働安全衛生規則では、雇入時健診を実施した日から1年間は、定期健診の該当項目を省略できるとされています。そのため、4月に雇入時健診を受けた社員は、6月の全社健診の対象から外しても問題ありません。ただし、会社によっては全員受診を推奨しているケースもありますので、社内ルールとして明文化しておくとよいでしょう。
健康診断は単なる法令遵守のチェックリストではありません。万が一、従業員が業務中に体調を崩したり、過労による疾患が発生した際に、会社が「適切に健康状態を把握し、配慮していたか」を証明する最大の防御策となります。近年、メンタルヘルス不調や過重労働による脳・心臓疾患で、企業が安全配慮義務違反を問われるケースが増加しています。その際、裁判で必ず確認されるのが以下の3点です。
✅ 健康診断を適切に実施していたか
✅ 結果に基づく事後措置(医師の意見聴取・就業制限など)を行っていたか
✅ 社員の健康情報を適切に管理していたか
新年度の忙しい時期ですが、まずは現在の雇入れフローに漏れがないか、この機会にぜひ点検してみてください。
健康診断の実務で最も見落とされがちなのが、「事後措置」です。労働安全衛生法第66条の4では、「健康診断の結果、異常所見があった労働者については、医師の意見を聴き、必要に応じて就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮などの措置を講じなければならない」と定められています。
事後措置の流れ(義務)
1. 健康診断実施後、3ヶ月以内に結果を本人に通知
2. 異常所見がある場合、医師の意見聴取(3ヶ月以内)
3. 必要に応じた就業上の措置の実施
4. 健康診断個人票の作成・5年間保存
結果の確認から事後措置までをセットで運用することが、法令遵守と従業員の健康を守る鍵となります。
健康診断実務で押さえるべき5つのポイント
✅ 雇入時健診と定期健診は目的が異なり、併用・先延ばしは違法
✅ 雇入時健診は「雇入れ時」=配属前に実施が原則
✅ 前職の診断書を代用する場合は「聴力検査」「胸部X線」を必ずチェック
✅ 費用は会社負担、受診時間も有給扱いが望ましい
✅ 結果に基づく「事後措置」まで実施して初めて義務完了
健康診断の運用ひとつをとっても、実務には多くの細かなルールと判断が求められます。
「うちの会社の運用、これで大丈夫かな?」
「異常所見が出た社員への対応に迷っている」
「労基署の調査が入ることになった」
そんなときは、ぜひお気軽にご相談ください。貴社の実情に合わせた、現実的で持続可能な労務管理の仕組みづくりをサポートいたします。