作成日:2025/08/22
在職老齢年金の支給停止基準額が引き上げられる予定です

目次 1.はじめに 2.在職老齢年金とは 3.在職老齢年金と支給繰り下げ 4.おわりに |
はじめに
年金制度の中でも、特に働くシニア世代に大きな影響を与えるのが「在職老齢年金制度」です。働くことで年金が支給停止されるこの仕組みは、シニア世代の就労意欲を削ぐ恐れがあると指摘されています。
令和7年5月16日、「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案」が通常国会に提出され、衆議院で修正のうえ、6月13日に成立しました。本記事では、来年以降に予定されている改正内容について解説します。
在職老齢年金とは、報酬のある方には年金制度を支える側に回っていただくという考え方に基づき、一定の賃金を有する高齢者について、本来受給できる給付を制限する仕組みです。
具体的には、老齢厚生年金の年額÷12(基本月額)と、毎月の賃金(標準報酬月額+1年間の賞与(標準賞与額)÷12)の合計額が51万円(☆)超となるときに、超えた額の2分の1が支給停止となります。
(☆)令和7年度の支給停止調整額
図1 在職老齢年金制度の概要(※)
在職による支給停止は、老齢厚生年金に対して行われるもので、老齢基礎年金は支給停止の対象とはなりません。
◆見直しの趣旨と内容
平均寿命・健康寿命が延びる中で、働き続けることを希望する高齢者が増えており、また人材確保・技能継承等の観点から、高齢者の活躍を求める世の中のニーズも高まっています。
例えば、「何歳まで仕事をしたいか」という意向の調査では、65〜69歳の方のうち、約6割が「66歳以降まで働き続けたい」と回答しています。
一方で、「厚生年金を受け取る年齢になったとき、どのように働きたいと思うか」調査したところ、65〜69歳の方のうち、3割以上が「年金額が減らないよう時間を調整し会社等で働く」と回答しています。また一部業界では、高齢者が働く時間を調整する動きがみられるという指摘もあります。
このため、高齢者の活躍を後押しし、働きたい人がより働きやすい仕組みとする観点から、厚生年金が支給停止となる基準額を、月51万円→62万円へ引き上げることが予定されています。
図2 見直しの内容(※)
◆見直しによる年金額の変化の例
<例>賃金(ボーナス含む年収の1/12)45万円、厚生年金10万円の方の場合
賃金45万円+厚生年金10万円=55万円
(現行)支給停止ラインが51万円のため、55万円−51万円=4万円
→超過分4万円の半額が支給停止となるため、4万円÷2=2万円 が支給停止となります。
(見直し後)支給停止ラインが62万円となるため、従来停止されていた2万円も支給されます。
老齢厚生年金は原則65歳から支給されますが、本人の希望によって最大75歳まで「繰下げ受給」が可能です。繰下げることで1か月あたり0.7%、1年で8.4%ずつ年金額が増額され、75歳まで繰り下げれば年金額は最大84%増額される仕組みです。
「在職老齢年金の支給停止を避けるため、繰下げ支給を選択したい」という意見もありますが、この方法では実質的な回避になりません。在職により本来支給停止となるはずだった年金額は、繰下げによる増額の計算対象から除外されるためです。
人手不足が深刻となる中、高齢者の活躍の重要性が高まっています。在職老齢年金制度が高齢者の労働意欲を削いでいる例もあることから、働きたい人がより働きやすい仕組みとする観点から、在職老齢年金制度が見直されることとなりました。
在職老齢年金の支給停止基準額引き上げは、将来世代の給付水準が低下するため、現行制度を維持すべきだという意見もあります。しかし、厚生労働省では、保険料負担に応じた本来の年金額を受給しやすくするものであり、また、この見直しを含め、制度改正全体で見れば、将来の給付水準が上昇するとしています。