目次 1. はじめに 2. 懲戒や解雇の基準 3. 解雇の有効性で争う場合の注意点 4. おわりに |
昨今、SNSやメディア報道等を通じて、従業員の不祥事が企業の信用や評判に大きく影響するケースが増えています。従業員が勤務時間外のプライベートで問題行動や犯罪行為を起こした場合、その行為を理由に解雇はできるのでしょうか。本記事では、私生活上の刑事事件を理由に「解雇」や「退職金全額不支給」が有効と判断された最近の裁判例を参考に、私生活上の問題行為と解雇の判断基準について整理します。
懲戒や解雇の基準について「労働契約法」では、以下のように定められています。
<労働契約法第15条>
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
<労働契約法第16条>
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
このように、懲戒や解雇については法律上の定めがあるものの、明確な基準とは言い難く、会社が頭を悩ませるポイントであるとも言えます。たとえ私生活上の行為であっても、それが会社の業務に影響を与える場合には、懲戒や解雇の事由として認められる場合もありますが、一方で認められなかった(裁判で無効となった)場合もあり、その判断は、非常に難しいものです。判断にあたっては、過去の裁判例などが参考となります。
◆最近の裁判例@大塚商会事件(不同意わいせつ罪)
大塚商会の従業員が、勤務時間外に面識のない女性に対する不同意わいせつ罪容疑で逮捕され(最終的に不起訴処分)、これを理由に懲戒解雇されました。解雇された労働者は「私生活上の行為であり業務に無関係だ」と解雇の無効を主張しましたが、東京地方裁判所(令和6年10月25日判決)は懲戒解雇を有効と判断しました。
◆最近の裁判例A小田急電鉄事件(覚せい剤)
小田急電鉄の従業員が、覚せい剤の所持、使用で有罪となり、これを理由に懲戒解雇されました。解雇された労働者は、退職金不支給は違法として約1000万円を求めましたが、東京地方裁判所(令和5年12月19日判決)は、相当重い犯罪類型であり、永年勤続の功労を抹消するほどの不信行為だとして、請求を退けました。
◆裁判所の判断基準
従来は、従業員が業務時間外に起こした私的な問題行動を理由として、会社が直ちに解雇やその他の懲戒処分を行うことは認められないケースもありました。例えば、東京地下鉄事件(東京地裁平成27年12月25日判決)では、電車内の痴漢行為を理由とする諭旨解雇が「解雇権の濫用」と判断され、無効とされました。
一方、先ほどの裁判例@(大塚商会事件)においては、社会的な影響の大きさ、犯罪の悪質性、報道による会社の信用失墜などの点が重視され、裁判所は解雇を有効と判断しました。
コンプライアンスが強く求められるようになった現在、裁判所の判断基準にも少し変化が生じているのかもしれません。
◆(参考)解雇の有効性判断に重要なポイント
私生活上の問題行動を理由とした解雇の有効性を判断する上で、重要なポイントは以下の通りです。参考にしていただければと思います。
1.社会的影響・企業イメージの毀損の程度 犯罪行為やSNSでの炎上等により、企業イメージが損なわれ、苦情対応などで業務に影響を与えたか。
2.職務内容との関連性 営業職・接客職・公的立場を伴う業務など、対外的信用が重視される職務であるか。
3.犯罪の悪質性 暴力、性犯罪、薬物など、刑事罰の対象となるような悪質な違法行為であるか。
4.懲戒規程の整備 社内の懲戒規程に「私生活上の行為であっても会社の信用を著しく損ねた場合は懲戒対象とする」などと明記されているかどうか。
解雇をめぐって裁判になった場合、最終的には裁判所が解雇の有効性を判断します。もし裁判の結果、懲戒解雇が無効と判断された場合は、会社には係争期間中の賃金を遡って支払う義務が生じます。
現実的な対応策として、懲戒解雇の手続と並行して、退職勧奨を提案する選択肢を用意しておくと安全です。
また、会社の事業内容等に応じ、「懲戒処分の対象となる私生活上の問題行動」をリスト化し、就業規則で周知しましょう。例えば、保育や教育の現場では、痴漢などの性犯罪は企業イメージに特に深刻な影響を及ぼします。特に重大な行為は、勤務時間外の行為でも懲戒対象になることを従業員に明示し、抑止効果を高めましょう。
最近の裁判例では、私生活上の問題行動に基づく懲戒解雇が認められる傾向があり、少し流れが変わってきている印象もあります。とはいえ、全てのケースがこれに当てはまるとは限らないため、解雇の判断は依然として慎重に行う必要がありそうです。従業員が大きな問題を起こしてしまうと、会社へのダメージは計り知れません。会社としては、就業規則等で具体的な行為と処分内容を示すとともに、日頃から従業員の様子に注意し、犯罪等の問題行動が起きないようにしていくことが大切です。