2023年4月より、労働基準法施行規則の一部を改正する省令が施行され、賃金のデジタル払いが解禁されました。これまで「資金移動業者」の指定に係る厚生労働省の審査が終了しておらず、実質的には利用できない状況が続いていましたが、2024年8 月に業者が指定されたことにより、賃金のデジタル払いが可能になりました。この記事では、賃金のデジタル払いの制度概要と注意点について解説します。
目次 1. 賃金のデジタル払いとは? 2. 資金移動業者とは?その要件 3. 賃金のデジタル払いを導入する場合の手続き 4. 賃金のデジタル払いについて、よくある質問 5. おわりに |
労働基準法では、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」とされており、原則的には賃金は現金で支払うことになっています。しかし、従業員の同意を得た場合には、銀行その他の金融機関の預金または貯金の口座への振込み等によることができます。
近年、キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、資金移動業者の口座への資金移動を給与受取に活用するニーズも一定程度見られることも踏まえ、従業員の同意を得た場合には、一部の資金移動業者の口座への資金移動による賃金支払いが認められました。これを「賃金のデジタル払い」といいます。
賃金のデジタル払いが認められる資金移動業者となるためには、資金移動業者からの申請に基づき、一定の要件を満たす事業者を厚生労働大臣が「指定」します。
図 賃金のデジタル払いが認められる資金移動業者
(出典:厚生労働省「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」概要と経緯)
現時点で、指定を受けている資金移動業者は、2024年8月9日に指定を受けた「PayPay株式会社」の1社のみです。同社は「PayPay 給与受取」というサービスの申し込みを前提に、20万円の受け入れ上限額でサービスを開始しています。
資金移動業者に指定されるための要件は、以下の通りです。
【資金移動業者の指定要件】
@ 口座残高上限額を100万円以下に設定又は100万円を超えた場合でも速やかに100万円以下にするための措置を講じていること。
※口座残高100万円超の場合に資金を滞留させない体制整備が資金決済法に基づき資金移動業者に求められていることや、@の資金保全スキームにおいて速やかに労働者に保証できる額は最大100万円と想定していることを踏まえ、破綻時にも口座残高が全額保証されることを担保するための要件。
A 破産等により資金移動業者の債務の履行が困難となったときに、労働者に対して負担する債務を速やかに労働者に保証する仕組みを有していること。
B 労働者に対して負担する債務について、当該労働者の意に反する不正な為替取引その他の当該労働者の責めに帰すことができない理由により当該労働者に損失が生じたときに、当該損失を補償する仕組みを有していること。
C 最後に口座残高が変動した日から少なくとも10年は口座残高が有効であること。
D 現金自動支払機(ATM)を利用すること等により口座への資金移動に係る額(1円単位)の受取ができ、かつ、少なくとも毎月1回は手数料を負担することなく受取ができること。また、口座への資金移動が1円単位でできること。
E 賃金の支払に関する業務の実施状況及び財務状況を適時に厚生労働大臣に報告できる体制を有すること。
F @〜Eのほか、賃金の支払に関する業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有すること。
賃金のデジタル払いを導入するには、以下の手続きが必要になります。銀行口座への振り込みの場合と比較すると、「労使協定の締結」が求められるという点が異なりますが、それ以外の手続きはほぼ同一です。
1.指定資金移動業者の確認 ⇩ ⇩ 使用者は、事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合と、ない場合は労働者の過半数を代表する者と、賃金のデジタル払いの対象となる労働者の範囲や取扱指定資金移動業者の範囲等を記載した労使協定を締結する必要があります。 ⇩ ⇩ 賃金のデジタル払いを希望する個々の労働者は、留意事項等の説明を受け、制度を理解した上で、同意書に賃金のデジタル払いで受け取る賃金額や、資金移動業者口座番号、代替口座情報等を記載して、使用者に提出します。 ⇩ |
(出典)厚生労働省「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」
この記事では、昨今話題になっている「賃金のデジタル払い」についてご紹介しました。これまでに厚生労働省の指定を受けた資金移動業者は1社ですが、現在、他に3社の資金移動業者(楽天Edy、リクルートMUFGビジネス、auペイメント)が審査中です。今後、指定資金移動業者が増えることにより、メディア報道の増加、従業員のニーズの高まりも予想されます。今後どのように対応するかを検討しておくとよいでしょう。