給与計算のミス等により給与を過払いした場合、従業員から過払い分を返還してもらう必要があります。その際に注意すべきポイントについて解説します。
目次 1. はじめに 2. 過払い給与返還の法律的根拠 3. 翌月の給与から天引きすることはできる? 4. 実際の対応策 5. 各種手当についての注意点 6. おわりに |
あまり多くはないかもしれませんが、会社側の計算ミス等の理由により、給与を過払いしてしまうことがあります。このような場合、従業員に過払い分の返還を求めることになりますが、返還してもらうためには、いくつかの注意点があります。従業員との信頼関係が壊れないよう、ポイントを押さえて慎重に対応していきましょう。
過払い給与の返還に関しては、以下の民法の規定が関係してきます。
□民法第703条(不当利得の返還義務)
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
簡単に言うと「本来受け取るべきでない人が受け取ったお金は、返還しなければならない」と規定されています。給与や雇用関連では、例えば以下のような事例が考えられます。
<不当利得にあたる例>
・振込の間違いによる過払い
・割増賃金の計算間違いによる過払い
・住宅手当や家族手当の支給基準に当たらない期間に受け取った当該手当
・通勤経路を偽り受け取っていた通勤手当
・横領など不正に得た金銭
会社側が過払い給与(不当利得)の返還を求めるためには、以下の 4 つの要件を満たす必要があります。
1. 他人(この場合は会社)の財産または労務によって利益を受けること 2. 他人(会社)に損失を及ぼしたこと 3. 上記1.で得た利益と2.で及ぼした損失との間に、因果関係があること 4. 上記1.で得た利益に、法律上の原因がないこと |
この要件に照らし合わせると、従業員には、本来もらうべき給料より多くもらっているので「利益」が生じており、会社には、誤って給料を多く支払ったことによる「損失」が生じています。
また、給料の過払いによって上記の利得と損失が生じているため「因果関係」もあり、従業員が利得を得たことに「法律上の原因」はありません。
したがって、会社側は不当利得返還請求権を行使して、過払いした給与の返還を求めることが可能になります。
このとき、会社側の過失の有無は関係がないため、従業員は「給与計算間違いをしたのは会社のミスのせいだから返還に応じない」という主張をすることはできません。
「過払い分の給与は、本来支払うべきでないお金だったのだから、会社が翌月の給与から天引きすればいいのでは…?」と思うかもしれません。
しかし、労働基準法では、賃金は全額を残らず支払われなければならないとされています(全額払いの原則)。所得税や社会保険料など、法令で定められているものや、労使協定を結んでいるものについての控除は認められていますが、それ以外で強制的に賃金の一部を控除(天引き)することは禁止されています。
□労働基準法第24条(賃金の支払)
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。(中略)また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
では、過払いした給与を翌月の賃金から天引きすることは、全額払い違反になるのでしょうか?過去の裁判例によると、「過払いのあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期に、労働者にあらかじめ予告され、その額が多岐にわたらないなど、労働者の経済生活の安定を脅かすおそれのない場合」には、全額払い原則違反とはいえない、とされています。
「賃金と他の債権の相殺」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性)
過払いが判明した場合には、対象の従業員にその根拠を説明して、返還してもらうようにしましょう。スムーズに返還に応じてくれればよいのですが、場合によっては、金額が高額であるとか、既にそのお金を使ってしまったなどの理由で、従業員が難色を示すこともあるかもしれません。具体的には、以下のような手順で返還をしてもらうことが考えられます。
1. まずは計算間違いについて謝罪し、就業規則、労働条件通知書などの根拠となる書類を示し「受け取るべきでないお金」であることを説明し、納得してもらう。
2. 返還方法について、分割返還も含めて協議する。
3. どうしても納得してもらえない場合、会社の計算間違いの過失分を考慮して、返還金の減額なども検討する。
住宅手当や家族手当、通勤手当がある場合、その支給基準については、あらかじめ就業規則や労働条件通知書で明確に周知しておくことが大切です。これが周知されていない場合、民法 703 条に基づく不当利得返還請求権が生じない可能性もありますので、くれぐれも気をつけましょう。 また、従業員の転居や家族構成の変化などは、通常、本人からの申し出がなければ、会社側がタイムリーに把握することは難しいものです。従業員から会社への届出が遅れたことによって、本来支給すべきでない手当等が数か月にわたって過払いされてしまい、後から発覚するというケースもあるかもしれません。この場合も、本来受け取るべきでなかった手当等は、従業員に返還を求めることになります。
住居や通勤経路、家族構成などに変更があった場合は、会社が定める方法により速やかに届け出るよう、周知しておくことも大切です。
会社側の計算ミス等で給与を過払いしてしまうというケースは、あまり頻繁に発生することではないかもしれませんが、実際に発生すると対応に迷ってしまうことも多いのではないのでしょうか。本記事でご紹介したポイントを押さえながら、会社と従業員との信頼関係を壊さないよう、慎重に対応していきましょう。