今年4月16日、熊本県の元団体職員が元勤務先に未払い残業代の支払いを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁判所は、2審の判決を破棄し、審理を差し戻しました。この裁判では、「事業場外みなし労働時間制」の適用が争点の一つとされており、注目を集めています。今回は、「事業場外労働みなし労働時間制」について解説します。
労働基準法第38条の2による事業場外労働のみなし労働時間制とは、労働者が業務の全部又は一部を事業場外で従事し、使用者の指揮監督が及ばないために、当該業務に係る労働時間の算定が困難な場合(※条文上は「算定し難い」と表現)に、使用者のその労働時間に係る算定義務を免除し、その事業場外労働については「特定の時間」を労働したとみなすことのできる制度です。
◆「労働時間の算定が困難」とは?
労働時間の算定が困難とは、「労働時間と非労働時間が混在していて判別がつかない状況」をイメージするとわかりやすいでしょう。たとえば、直行直帰などで労働時間を正確に把握するのが難しい「外勤の営業担当」や、生活空間と一体になった部屋で「在宅勤務」をしている場合などは、労働時間と私生活の時間が混在しており、労働時間の算定が困難と判断される可能性が高くなります。
【対象になる例】
・取材記者、外勤営業などで正確な労働時間を把握することが難しい働き方をしている場合
・いつ労働するかを完全に在宅ワークの労働者に任せている場合
反対に、以下の場合は、事業場外であっても、使用者の指揮監督が及んでおり、労働時間の算定が可能と判断されます。
【対象にならない例】
・何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
・電話などの通信手段によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合
・事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けた後、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後、事業場に戻る場合
◆在宅勤務の判断基準
在宅勤務については、以下の三つの要件を満たす場合、原則として、事業場外労働に関するみなし労働時間制が適用されます。
@ 当該業務が、起居寝食等私生活を営む自宅で行われること。
A 当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと。
B 当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと。
ただし、例えば、労働契約において、午前中の9時から12時まで勤務時間とした上で、労働者が起居寝食等私生活を営む自宅内で仕事を専用とする個室を確保する等、勤務時間帯と日常生活時間帯が混在することのないような措置を講ずる旨の在宅勤務に関する取決めがなされ、当該措置の下で随時使用者の具体的な指示に基づいて業務が行われる場合については、労働時間を算定し難いとは言えず、事業場外みなし労働時間制は適用されません。
◆近年の判例では「事業場外みなし労働時間制」の正当性が認められにくい傾向
携帯電話、スマートフォンや、チャットツール、クラウド勤怠管理等が普及した現代では、外出中であっても使用者の指揮命令を受けたり、労働時間を算定することが容易な環境が整っていると言えます。
裁判所では、このような事情も考慮されたうえで、事業場外みなし労働時間制の適用の正当性について総合的に検討されます。近年の裁判例では「事業場外みなし労働時間制」を適用する正当性についての判断は、比較的厳しいものとなっています。
◆事業場外みなし労働時間制の問題点とは
一見便利そうにも見える「事業場外みなし労働時間制」ですが、問題点もあります。
まず、実際に働いた時間ではなく、「みなし」の時間で賃金が支払われるため、サービス残業が横行しがちになります。
また「労働時間の算定が困難」という要件を満たしていないにもかかわらず、事業場外みなし労働時間制を採用してしまっている会社もあります。この場合、もし裁判で事業場外みなし労働時間制が「無効」と認められれば、会社には通常の残業代の支払い義務が生じます。
◆事業場外みなし労働時間の算定方法
もし事業場外みなし労働時間を採用した場合、労働時間はどのように算定するのでしょうか。算定方法には以下の3つがあります。
@ 所定労働時間
A 所定労働時間を超えて労働することが必要である場合には、その業務の遂行に通常必要とされる時間(以下「通常必要時間」という。)
B Aの場合であって、通常必要時間を労使協定で定めた場合は、その時間
通常必要時間は、業務の実態を踏まえて協議したうえで決めることが適当とされています。上記Bの労使協定では、業務の種類、男女別労働者数、1日の所定労働時間、協定で定める時間および協定の有効期間を定める必要があり、これは労働基準監督署への届出が必要です。ただし、協定で定める時間が法定労働時間以下である場合は不要です。
事業場外みなし労働時間制は、使用者の指揮監督が及ばないために労働時間の算定が困難な場合に、労働時間を特定の時間とみなすことができる制度です。ただし、この制度の適用には一定の要件があり、単に「事業場外」だからというだけで適用できるわけではありません。制度導入にあたっては、事前の十分な検討が必要といえそうです。