残業時間規制や働き方改革の流れの中で、「定額残業代(固定残業代)」についても、より厳しい視線が向けられるようになりました。そもそも定額残業代制度とはどのような制度なのでしょうか。制度を運用する上での注意点や、メリット、デメリット等について解説します。
残業代を固定で毎月支払う、いわゆる「定額残業代(固定残業代)」について聞いたことがありますか?実際、ハローワークや転職サイト等に掲載されている企業の求人票を見ると、定額残業代制度を導入している企業が、一定数あるようです。
定額残業代制度自体は違法ではありませんが、運用にあたっては、いくつか注意点もあります。
定額残業代とは、その名称にかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のことです。
労働基準法では、法定労働時間を超える労働(時間外労働)や休日、深夜の労働に対して、割増賃金を支給することが義務付けられています。例えば、時間外労働に対しては、通常の労働時間の賃金の計算額の1.25倍以上の率で計算した割増賃金を支給しなければなりません。
この割増賃金を、あらかじめ定めた一定時間まで「定額」で支給するのが、定額残業代です。所定(法定)労働時間を「バケツ」で例えるならば、定額残業代はバケツの下に敷くタライのようなもので、バケツからあふれた水=時間外労働の時間を一定量受けるためのものと考えるとわかりやすいでしょう。
図1 定額残業代のイメージ
◆「残業代がいらない制度」ではない!
では、定額残業代を導入すれば、会社は残業代を全く払わなくていいのでしょうか?
いいえ、そうではありません。実際の残業代が、定額残業代を上回った場合は、その超過分との差額を支給する必要があります。(→差額支給をしなければ、賃金の全額払い違反になってしまい、違法です。)
したがって、定額残業代制度を導入していても、労働時間の記録は正確に行う必要があります。
◆明確区分性
定額残業代制度を導入する際に、必ず気を付けるべきポイントがあります。それは、「通常の労働時間に対する賃金」と、「時間外労働の割増賃金」が明確に判別可能であることです。これを「明確区分性」といいます。
例えば、以下のような労働条件の表示は、「基本給」と「残業代」の区分が明確でないため、「明確区分性」の点において問題があると言えるでしょう。
【NG 例】
基本給30 万円(月間30 時間分の残業代を含む)
厚生労働省の指針では、定額残業代(固定残業代)制度を採用する場合、募集要項や求人票などに、次の@〜Bの内容すべてを明示することを求めています。
(出典:厚生労働省リーフレット「固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。」)
◆計算方法
定額残業代には「組込型」と「手当型」の2つのタイプがあります。いずれの場合でも、「通常の労働時間に対する賃金」と、「時間外労働の割増賃金」が明確に判別可能であることが必要です。
【組込型の記載例】
・基本給30万円(うち55,555円の時間外手当を含む/月30時間分)
・30時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給
【手当型の記載例】
・基本給245,555円(Aの手当を除く額)
・固定残業手当55,555円(30時間分の時間外手当として支給)
・30時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給
◆対価性
対価性とは、定額残業代が「時間外労働等に対する対価」として支払われたか、というものです。対価性は、雇用契約書等の記載のほか、使用者の労働者に対する当該手当(例:定額残業手当)や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などを総合的に考慮して判断されます。定額残業代の仕組みは、ややわかりにくく、労働者が誤解している場合もありますので、労働契約の締結時にきちんと説明しておくことが大切です。
◆労働時間の上限
定額残業代制度を導入する場合、見込み残業時間の上限についても検討が必要です。
定額残業代を払っているからといって、労働者に無制限に時間外労働をさせられるわけではありません。長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたと認められる場合などは、その定額残業制度自体が、「公序良俗に反して無効」と判断される可能性が高くなります。
法律上の年間の時間外労働の上限は、原則360 時間(1年単位変形労働時間制を採用している場合320 時間)であることを考えると、見込み残業時間は、当該上限時間÷12 の「26〜30 時間程度」に設定した方が無難かもしれません。
◆定額残業代制度の有効性の判断
例えば、残業代未払い等で従業員と裁判に発展した場合を考えてみましょう。会社が定めている定額残業代制度の有効性は、最終的には裁判所によって判断されます。もし「明確区分性」や「対価性」等に問題があった場合、定額残業代制度の有効性が認められず、「無効」と判断されてしまう恐れもあります。
もし「無効」と判断された場合、もともとの定額残業代部分も基礎賃金に含めて計算した額の残業代の支払いを命じられることになりますので、会社にとっては大きな負担となってしまいます。
◆定額残業代のメリット、デメリット
定額残業代制度を設けるメリット、デメリットについて考えてみました。
<メリット>
一定時間までは残業代が定額となるため、給与計算が効率化され、人件費の見通しも立ちやすくなることが挙げられます。
また、従業員側にとっては、残業時間が少なくても定額残業代は全額支給されるため、「早く仕事を終えた方がお得!」という意識が働き、業務効率が良くなる場合があるかもしれません。
<デメリット>
勤怠管理が杜撰であったり、労働条件の表示が不適切であると、裁判に発展した場合、定額残業代制度が「無効」と判断されるリスクがあります。
また、定額残業代制度が労働者(求職者)に与える印象にも注意が必要です。昨今では、「長時間労働が前提となっている就業環境=ブラック企業なのでは?」など、ネガティブなイメージを持たれることも多くなっているようです。
定額残業代制度にはメリットもありますが、正しく運用しなければ、トラブルに発展してしまうこともあります。昨今では、働き方改革や、長時間労働による過労死の問題などが相次いで報道されるようになり、昔に比べると「残業時間」に対する労働者側の意識も変わってきているようです。定額残業代制度の導入にあたっては、専門家に相談し、メリット、デメリット等を慎重に検討することをおすすめします。労働時間、賃金制度等についてお悩みの事業主様は、「みらいく」までご相談下さい。