労務監査

労務監査で信頼を取り戻したクリニックの事例

「スタッフへの説明の方が、労基署への対応より、ずっと難しかった」
あるクリニックの院長から連絡があったのは、スタッフの一人が「残業代の計算がなんかおかしい気がする」と口にしたことがきっかけでした。院長自身は「うちはちゃんとやっている」という自負があり、念のため一度確認してほしい、という温度感でした。
実際に確認してみると、書類は揃っていました。変形労働時間制の協定書も届出済みです。ところが問題は、協定書の「中身」と実際の「運用」がずれていたことでした。
変形労働時間制は、届け出るだけでは機能しません。シフトの組み方・周知の方法・総労働時間の管理など、細かい要件があります。このクリニックではそのいくつかが満たされておらず、一部の時間外労働が適切に計算されていませんでした。
未払い額の試算が出たとき、院長は静かに「スタッフに、なんて説明すればいいですか」と聞いてきました。
法律的な対応はある意味わかりやすい。計算して、支払う。就業規則を整える。それだけです。でも長年一緒に働いてきたスタッフへの説明は、また別の難しさがあります。私たちは支払い手続きの設計と並行して、院長が一人ひとりと向き合うための面談サポートも行いました。
その後、労働基準監督署の定期調査も入りましたが、是正済みだったため特に問題はありませんでした。ただ院長が「本当によかった」と言ったのは、調査がクリアできたことよりも、スタッフと正面から話せたことに対してでした。
労務監査は、リスクを洗い出すためだけのものではないと思っています。職場の信頼を取り戻す、一つのきっかけにもなります。

労使トラブルの事前解決

見落としがちな「待機時間」と「歩合給」の課題を解消した運送業の労務改善

「うちのドライバーたちは昔からそういう働き方だから」——そう言っていた社長の話
2024年4月から、運送業にも時間外労働の上限規制が適用されました。「知ってはいたけど、うちはそんなに残業させているわけじゃない」——最初の面談でその社長はそう言っていました。
ただ、実態は少し違いました。
長距離ルートを担当するドライバーの「待機時間」が、労働時間として記録されていなかったのです。荷物の積み下ろし前の待ち時間、取引先での対応時間——これらはすべて労働時間です。記録に残っていないだけで、実態では月に20〜30時間分が「見えていない」状態になっていました。
さらに賃金体系にも問題がありました。歩合給の構造上、走行距離が少ない月は時間換算の賃金が最低賃金を下回るケースが出ていました。ドライバー本人が気づいていないだけで、法律上は「未払い」が発生していたのです。
この会社に特別な悪意があったわけではありません。ただ「昔からそうだった」慣行が、法改正によって問題として浮かび上がってきた。それだけのことです。
私たちは労働時間の再集計と賃金計算の見直しを行い、自主対応の方針を社長と一緒に立てました。ドライバーへの個別説明には、社長自身も同席しました。「こんなことになっていたとは知らなかった」と言いながら、一人ひとりに頭を下げていた姿が印象的でした。
相談のきっかけは、ドライバーの一人が「残業代が少ない気がする」と漏らした翌日でした。もし労働基準監督署に動いてからの相談だったら、話はずっと複雑になっていたと思います。

賃金設計

20年変わらない「先代の賃金表」を見直し、採用力と納得感を高めた製造業の事例

「この賃金表、もう20年以上変えていないんです」
最初にそう打ち明けてくれたのは、2代目として家業の製造業を継いで7年目になる社長でした。
基本給の刻みは5,000円単位。手当の種類は6つ。なぜその金額なのか、なぜその手当があるのか、もはや誰もわかりません。「先代が決めたものだから」というだけで、ずっと続いてきた体系でした。
採用に苦労していました。近隣の同業他社と比べると基本給は低め。でも諸手当を足した総支給額はさほど変わらない。求人票に書くのが難しく、面接での説明に毎回困っていました。現場では、勤続20年のベテランと5年目の中堅がほぼ同じ賃金になっているケースもあり、「頑張っても報われない」という空気が出てきていました。
賃金体系を変えると、必ず抵抗があります。特に今の体系で「恵まれている」ポジションにいる社員からは。
最初にやったのは、現状の賃金分布の見える化でした。誰がどの水準にいて、変更後にどう変わるかを一覧にして社長に見せると、しばらく黙って画面を見ていました。
移行には1年半かけました。既存社員の給与は原則として下げないことを大前提に、新しい等級制度と賃金テーブルを設計。採用基準とも連動させました。
全員が納得した、とは正直言えません。でも「なぜこの給与なのか」を説明できるようになったことで、採用面接は明らかにやりやすくなった、と社長は言っています。変えることの怖さと、変えないことへのリスク。それを一緒に考えながら、踏み出した一歩でした。

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